2026.01.23

毎週2回、燃えるゴミの日がある。ゴミ集積場へ、毎回大量のゴミを搬出する。あの家はなんであんなに大量のゴミ出しをするのだろうかと思われているのじゃないか、と不安になる。もちろん印刷製本で出るゴミは少量なので大量のゴミが生まれる原因にはなっていないと思う。問題は、どうしてわたしが不安になるのだろうかということである。みんな同じ税金を払っているのだから、一軒だけ通常の倍、あるいは3倍ものゴミを出すのはルール違反ではないか。それに対してわたしはそうだろうなと思う。そう思えば、なんとか工夫をしてゴミの量を減らすか、役場に掛け合って通常の2倍、3倍のゴミぶくる料金を払うと申し出る(あるいは、大量にゴミ袋を買う。3袋必要なとところをあえて10袋買い、行政の財政を助けるとか)とかすればいいものを、なにもしないでずらっとしている。そうなると、いつか「お前の家のゴミはルール違反だぞ」と騒がれるかもしれない。そういう不安なのだろうと思う。しかし、世の中そんなことにはならない。よほどのことでない限り、そんなことにはならない。そして、わたしが思っている「大量」とはさしたるものでもない可能性がある。この不安は物事のあちこちから顔を出し、日々、わたしの友達のような振る舞いをする。
午前、工房に入り、詩誌 回生げ号につける宣伝の印刷。今日はスローバブックス。もともとあった宣伝文の組版から9ポイント活字と8ポイント活字を取り出し、それにジャムさんの画が張られている5号の倍数のメタルベースを取り出し、縦に組む。基本が五号の込め物なので、9ポイントと8ポイントに生じる隙間(1.5ポイントと2.5ポイント)を埋めるのに、今日は五号8分の木製インテルを入れる。すると1本でうまく埋まる。組版が崩れない。軽くて小さい組版なのだからだろうと思うが、とても簡単に隙間を埋めることができた。午後、宅急便を出し、母の薬をいただきに隣町の診療所へ行く。
夕、マルと散歩。今日も土手、寒いね。
詩誌回生げ号に帯のようなものを付けようかと考え始める。
