2026.02.06

余計なもののことを考えている。「もの」と書いたが、「物」ではない。ものにまとわりついている余計なもののことである。例えば、犬であれば、わたしが飼っているマルのことである。マルが余計というわけはなく、マルが出てくることが余計なのだ。犬と書けば、犬ということでいいはずだ。わたしが飼ているマルはまた別なことだ。切り離したくても切り離せない。土手をマルと散歩。すくっと手を伸ばせそうで暖かい。向こうまで広々として見渡せる。視界が広がる。なにもかもゆったりとしている。白鳥ものんびりして縦に列をつくり浮かんでいる。春だ。
午前、9ポイント活字をすだれに戻す作業。いつもそうであるが、最初の30分は感覚(すだれの並びに対する活字の位置)が掴めず難儀する。どうしてだろうと思うが、五号と9ポイントと使っている見出し表は同じだが、列の並ぶ活字の数が違うので場所が変わる。変わると言っても、ランダムに変わるのではなく、すこしずつずれてゆくだけのことなのだがこれがとても大変である。ずっと思っていたが、活字の位置を順番で覚えているわけではない。覚えているのは実際の場所で覚えている。だから少しでも位置が変わると、まったく違う場所として認識する。困ったものだ。程なくして、マルの酸素ポンプを受け取りに業者の方が来る。約1ヶ月。お世話になった。ジャギングしようと思っていたが、どうも疲れがあるのでやめる。午後、焙煎。ンゴロンゴ。最後のところで早く火から降ろしてしまったようだ。酸味が強い。それからうとうとする。
夕、マルと散歩。児童公園を一周。公園に脇の家に住む方に声がけしていただく。マルは元気になったせいか、以前のように人に対する興味が出てきている。
夕食前、いつもの診療所へ。この時間、誰も受診を待っている人がいない。すぐに終わる。駐車場の近くの「マーブル」というセレクトショップ(大河原にもある)に行く。ここって、以前からなんだなろうと思っていた雰囲気のあるお店。店主と雑話。いろんな人と繋がりがあることを知る。2階で開催されている帽子作家の方の展示販売を見る。変わった帽子がわんさかとある。どれにも目がついている。帽子が動いている。帽子に見られている。それから調剤薬局へ。こちらは大変混んでいる。夕食前に薬を受け取りに2度来店。
