日記

2026.07.06

 悲しい顔をしている人を見ることは、たとえそれがテレビの向こうの違う国の違う世界と思える場所での出来事だろうと悲しい。どうして謂れもわからないことでわたしは悲しくなるのだろう。テレビの説明がそうさせるのであろうか。それともどうして彼・彼女が悲しんでいるのか想像した末に辿り着いた悲しい物語を体験したからだろうか。囲われた囲いの中に閉じ込められたようなこの感覚は、逃げることができないこの閉塞感は、どこからやってくるのだろうか。わからない。一時の気休めでもいいから、安息の時間を一瞬だけでいいから与えて欲しい。今日もマルと散歩。道を10メートルほど進んだ時点で引き返す。よくがんばったねと彼を労う。

 午前、ケアマネと母のこと。午後、工房に入り、宇和泉貨紙を四つ折りにした冊子の製作の試作。試作の前の可能性の確認作業。まず、印刷をエイトファイブにする。そのチェースにできるだけ文字数を多く確保できる組版を作る。それから四角と中央に、それにのノンブルと活字を入れ、印刷し版面の確認。そして余白の確認を行う。なんとかなりそうなので、これ詩誌 回生のご号を作ることにしようかと思うが。用紙が柔らかいので、縦に持ち捲る冊子として成立するかちょっと考えた方がいいかもしれない。

 夕、マルと散歩。土手に向かう。土手で結構歩いている。