日記

2026.04.06

 恐怖の感情がわたしの行動や思考のどれほどを支配しているのだろうかと考えてみた。死への恐怖、嫌われることへの恐怖、落ちることの恐怖、期待に沿えないことの恐怖、約束を守れないことへの恐怖、そしてひどい人間だと思われることへの恐怖。その中のうち他人の言動に対する過剰な意識がもたらすものがないだろうかと考える。あれば、切り捨てる。えっ?そんなことできるのと思わず自分がわたしに突っ込む。良い人と思われたい。できる人と思われたい。善良な人と思われたい。快活な人と思われたい。表裏のない人と思われたい。そんなこと所詮無理だと誰もが気づいているけれど、どこかで純粋な自分が鏡の角度をさまざまな角度に調整しながら覗き込んでいる。

 午前、所用で外出する。午後、どういうわけか気分が高揚している。必要もないことをリズムと大きな抑揚をつけて話している。あたりは迷惑だろうにと思う。夕方近く、今週末の準備を少し行う。アダナのベイビーという小さな平台式の平圧印刷機の調整。これでいいかなと思うが、まだ物足りない。

 夕、マルと散歩。児童公園を一周。日中漂っていた暖かな空気が去り、冷たい空気が吹いていくる。

 夜、ベイビーの胴張をもっと工夫しようと決意する。