日記

2026.06.28

 子供の頃からの自分の性格は、これでもう十分だというほどに整形されつつある。形を表すことが良いのかどうかは別として、あまり見たくはない。醜いであろう、思ったよりも大きいであろう、濁った水のようでもあろう、手が届くようでもあろう。もちろん、だからといって、今の自分にはどうしようもできない。そのことはそのこととして、いまできることをいまやるだけだ。昨日から続く、梅雨の晴れ間を利用して来週にはじゃがいもを掘り出そうと思う。

 午前、茂ったレモングラスやミントを少し夏仕様に刈り取る。それから隣家のビニールハウスにお邪魔してブドウの摘果作業を行う。摘果作業をやりながらブドウ栽培のノウハウを隣家の方に教えていただく。家に帰り、4キロ走る。午後、午睡。起きて工房に入り、手を動かす。ただ単に手を動かすだけでものを作ることはしない。頭の中になにかぼんやりと生まれることを期待するも、何も起こらず。先日届いた宇和泉貨紙を四つ折りにして詩誌を作ろうと漠然と考える。いろいろと寸法を確かめる。テキンとかエイトファイブで印刷が可能か考える。

 夕、マルと散歩。土手に向かう。東屋の天井に開いた桜の花びらの穴から遠くを飛ぶジェット機が見える。わたしは仰向けにベンチに寝転がっている。時間が止まったようだ。