2026.09.04

今朝も、予報は晴れると言っておきながら曇り空だ。いくぶん湿気を感じる。その証拠に肌がぬるぬるとした感触を得ている。からっと乾かしたTシャツを着ても、ひと動きすると、すぐに着替えたくなるような気分になる。二本松団地入口への急な坂を登り切り、大きな幹線道路に出たら、東の空を見上げながら下に降りる。やや前方左側に青空の塊が見えるが、それもすぐに消えた。用水路脇の道には茶色や黄色の枯葉が落ち、雨で濡れ、ぐちゃぐちゃになっている。この道にはいつも深夜になるとバナナの皮を捨てる輩がいて、朝の散歩ではそのバナナを目当てにマルが動きを変える。今でもバナナは道に落ちている。
工房に入り、亀之助の雑文集の最初のページを印刷。ゴマ点を6個並べただけのものだ。中黒二重丸の活字の外のマルを削って作ったゴマ点であったが、外の丸が綺麗に削れてないらしく、最初の試し刷りでは枠の線が少し印刷されてしまう。それで、銅版画のドライポイント用の刃物で再び削る。それから並びを変え、印刷する。後ろにボッコリと凸ができて、嬉しい。昼前、家を出て仙台へ。デ・ステルスコフィーで豆を買い、整体。最近ずっと印刷や製本ばかりやっていたので、体がほぐれる印象が実感できた。軽くなった肩で街に出る。アエルの駐車場に車を駐め、丸善ジュンク堂に行く。今、買い求めまでして読みたい本はないのだが、本棚を見て歩いてゆくうちに、いろんなことが頭に浮かび、楽しくなる。タイポグラフィーやデザインの本が並ぶ棚に行くと、今、盛んにインスタに画像を載っている雪朱里さんの『活字の種をつった人々』(2026年、水鈴社)が置いてある。活字を作ることや書体にはあまりこだわりを持たないようにしているのだが、やはり興味があるので開いてみる。自分で活字を作ることはしないだろうが、活字の作り方、成り立ちに興味を持ってしまうと、肝心の印刷に影響が出るような気がして、そういうものからは避けてきた。興味を持てしまうと(その危険性が大)、進まなくなるし、お金も散財してしまう。それに、内田さんの存在があるので、活字や書体のことは内田さんで十分だろうという思いがある。けれど、知っておくことには損はないだろうと思うし、画像や図版が多いので読みやすそうだ。そして、一番は活字の種をつくった、その行為自体と、そういうことをやり遂げた人のことを知りたいと思った。そんなことを考えながら手に取ってレジに持ってゆく。その他に、ハン・ジョンウォン『私が四番目に愛する季節』(2026年、書肆侃侃房)も買い求める。それから2階に上がって、スタバでコーヒーを飲みながら、『活字の種をつった人々』をちらちらと捲る。15分程度の休憩。それからパルコに行き、返礼品を買う。
夕、築地活字さんに注文していた二号の「標」や図版の凸版が届いている。明日からまた忙しくなる。
