日記

2026.09.06

 昔、小鳥さんと揶揄されたことがある。最初、その言葉が言わんとしていることがわからなかった。次の出来事が起きて、やっと気がついた。同じ失敗を二度繰り返せば、いい加減自分の中の何かがおかしいと思うものなのだろう。人の気持ちに寄り添おうとしていながら、実は寄り添っているのではなく、一緒になってただ動いているだけだった。あっちの枝に飛び乗ったり、こっちの太い枝に脚を降ろしたり、そうかと思うと高く空へ飛び出したり。悲惨に暮れるその人の行き場のない気持ちにただ単について回っていただけだった。今は思う。それの何がダメなのだと。一緒になって途方にくれることの何がいけないのだと。わたしは何者でもないのだから。

 亀之助の雑文集の印刷。一昨日から引き続き、図版の印刷。合間を縫って、母の敬老会のお土産をいただきに集会所を往復する。図版は、最初はダメ連の新聞記事、次に3匹の魚が泳ぐ亜の表紙、そして午前の最後に明滅の目次を印刷。午後、午睡。起きて、母の入浴介護。それから、図版の印刷に飽きたので、出典表の修正作業。施主兼校正者に送り確認してもらう。いくつかの修正点があり、夕食前までかかってOKをもう。その間、消印と封緘sealの図版をもう一つ印刷。

 夕、楽天も試合をだぞんで見るも、いつもの不甲斐ない試合に、昨日のベガルタの勝利試合のハイライトに切り替える。