2026.09.19

わたしが行っていること(活版印刷と製本のこと)は仕事だろうかといつも考える。それは、仕事としてやってきたわけではないからで、それにそれで食べていけているわけではないからで。やっと収支が同じになってきた程度のことだ。生活の支えにしようと考えると、差し当たって、作るものの完成度を上げなければいけないことになる。そうではければ、見合った収入になることは到底無理だろう。そこが無理だとわかっているので、収支が同等になることが、わたしの目標となっている。今はそれに近づいている。それでも、資産となる道具や資材を揃えるために、ある程度値がつくものを売っている。だから、本当はペイしていない。それは、到底、仕事とは言えない気がする。でも、ほとんどこればっかりやって生きている。もちろん家のことが一番に時間をかけているのだが、自分だけの時間はほとんどすべてこればっかりやっている。どうしてと言われると、他にやることがないから、となる。生きているためには、手足を動かし、頭を働かせていないと、朽ち果ててしまうからだ。そのこと(朽ち果てること)を受け入れることは、この世に生まれた生命体としてはどうなのだろうと思う。特に、マルの死に際を間近で見ていたら、朽ち果てると言っても、朽ち果て方があると思う。枯れた枝でも立とうとしている。
川崎町にある たべることくらしゅことSOW さんでのワークショップ「活版印刷でつくる 言葉のお守りカード」。45分前に到着、事前準備を時間にはなんとか終えることができる(たと思った。)。午前の参加者2名。午後の参加者4名+2名。午前は、文選から植字まで30分で終わる。早い!ゆっくりと印刷する時間を取って、2種類のカードに印刷ができる。文選って初めての経験でも結構早くできるものだと思った。午後、文字や文学、活版印刷に興味のある方が揃った。ここでは 文選を終えるのにみなさん1時間程度はかかる。やっぱり、ちょっと難しい漢字があると活字の海の中を漂流することになるようだ。一通り終わってから、少し活版印刷や製本のことを話し合う機会が持てた。最後に、忙しくて参加したくてもできなかったSOWのお2人がお守りカードを作る。わたしにとって、今回のワークショップは活字を持ち出すことがなによりも冒険だった。やればできるんだという思いと、文選をするという時間を持つことが参加者にとってはどうなんだろうという二つのことが絡み合って今も頭の中に残っている。だからどうなの、なのだが。
帰宅後、ブザーの乱舞の話を聞く。
