2026.10.31

こうして欲しいと願うことが叶わない場合、いらだったり、絶望したり(大袈裟)、嫌気がさす。後で考えてみると、そのいらだちの要因は、ほとんどの場合わたしが配慮をしなかったからである。配慮とはそういうことである。配慮に限界はない。あるのは無知と根気と厭生感である。体全体を覆い尽くす、あの厭生感である。それは、仕方がない。自分でどうしようもできない代物だから。
カレンダーの印刷。10月分。午前は11時に終える。午後は夕方から始め、午後5時前には終わる。少しの失敗があるけれど、もうあまり気にしないようになった。慣れとは恐ろしいい。昨日のテレビで、生物物理学賞を受賞したノーベル賞の方が、90%ではだめなのです。我々は完璧を目指す必要があるのですと語っている。そういう世界はあり得るのだろうか。
夕、散歩にそろそろ出ようかなと思っていたら、もう日が暮れていた。
