日記

2026.02.14

 何のために詩を書くのか、考えている。言葉にしたい思いがあるからだろうか。そうであれば、ただそのまま言葉にすればいい。深く、深く、沈み込み、当たりなど気にせずに自分の思いに耳を澄まし、自分の言葉を紡ぎ出せばいい。それ以上でもそれ以下でもない。自分の言葉ってなんだろう。そもそも言葉というものは、形や音声を繋ぎ合わせたもの、それを辺りの人たちと共有するために長い年月をかけてできあがった信号のようなもの。赤や黄色や青の表現が、混ざり合わさり、微妙な光の違いで差別されるもの。そこに自分だけの言葉は存在しない。自分の言葉とは、自分だけの言葉ではない。だから安心して紡ぎ出せばいい。安心することで、少しでも自分の言葉に近づけられるなら。そのとき、他人の言葉を盗んでいることに気づけるか気づけないか。新奇な言葉、偽造された言葉、取り出された安易な言葉、かっこいい言葉、綺麗な言葉、意図した言葉。

 マルと土手を散歩。気温2度。でも暖かい。白鳥は飛び立つ準備だろうか、普段は近づかない人が耕している河川敷の畑に近づいて餌を食べている。人間の世界に少しお邪魔している。熊もそうなのだろうと思う。桜の木の枝が目が膨らみ重たくなり、下に垂れてきている。これまでは枝の下を楽に歩けたのが、いまはいちいち頭を下げなければ通れなくなっている。春か。

 朝、竹林さんからコラボ作品2作と双紙の木版画の版木が届く。荷解きせずに、仙台へ。庄司さんと会う。この場所、仙台市地下鉄南北線国際センター駅2階のカフェモーツアルトメトロでは、奥にある催事スペースで午後3時から行われるタップダンスのリハーサルらしきことが行われている。熊谷和徳がいる。彼がピアノとラッパーの声と一緒に靴を鳴らしている。やがて、大勢のタップダンサーが加わり、リズムを刻み靴を鳴らしている。そういう中で話をする。次第しだいに話すことがなくなり、気まずくなる。帰路、サンタロット画材店に寄り、木版画の墨の絵の具と絵の具が詰まった時に詰まった絵の具を取り除く豚毛の画材を買い求める。隣のケーキ店に大勢の行列ができていたので、どんなものを売っているのか伺う。中に入るとケーキを買いたくなる。ああ、失敗。

 夕、土手を3人とマル1匹で散歩。わたしだけが晴々としない。